『日本とドイツの美しい本2006』


 1月の末、友人に会いに東京に滞在していました。東京に行く度、何らかの美術館を訪れることが恒例となっておりまして、今回の目標は東京大学総合研究博物館小石川分館と、凸版印刷印刷博物館でした。

 友人宅の最寄駅・池袋から地下鉄丸の内線に乗り、茗荷谷駅下車。まずは小石川分館です。「そういえば『大岡越前』で小石川療養所って出てきたなあ」とか考えながら歩いたら、駅から8分の距離も気になりませんでした。小石川分館は小石川植物園の敷地内にあります。裏口のような小さい入り口から入ることが出来るのですが、分館は外装の工事中で白い防塵カバーのようなもので覆われており建物がまったく見えなかったため、看板が出ていたにもかかわらず「入り口を間違えたんだ」と思い込み、800メートルほども先の正面入り口まで無駄足をしてしまいました。荷物を持っていたのでこの道のりは辛かった…。でも近くには共同印刷や小さな印刷会社がたくさんあって、印刷の町なんだなあと茗荷谷を知ることが出来ました。

 なんやかやでやっと到着した小石川分館ですが、展示は『驚異の部屋』です。大学の授業で芸大から講師で来ている、写真からサブカルチャーまで何でも来いと言う感じのちょっと変わった観点を持っている先生が、「ここはおもしろい!」と太鼓判を押していたので、前々から、ずっとずっと来たかったのです。念願だったのです。
しかしふたを開けてみたら…先生、ここそんなにおもしろいかな…それとも先生が来たときは違った展示だったのかな…
 確かに動物の剥製や頭蓋骨、さまざまな植物の標本、ホルマリン漬けの海の生き物、発明された頃の今とは比べ物にならないくらい大きい顕微鏡などの機械の類など、めったに見ることが出来ないものを見ることが出来ました。でも、それほどじゃないな、というのが正直な感想です。そんなに広くないし。お客はわたしとおばちゃん2名のみ。
 芸術学を専攻している者にとって、美術館というある種計算され尽くした空間は慣れていますが、博物館のように美しさとかそういったものを求めたのではなくて、偶然の産物を一堂に会したら偶然に生まれた不思議な空間と言うものは範疇外であるし、ものめずらしくもあります。芸術という打算の勉強に疲れたとき、生物学などより生理的なものに惹かれるのかもしれません。
 おもしろかったけど、こんな風に考えちゃったけど、物足りなかったです。もっと広い空間で、より多くのコレクションを一気に見てみたかったなあ。



 さて、気を取り直して印刷博物館へ。地図で調べたら、どうやら歩けそうな距離であることが判明。手書きの地図を手に、「凸版のビルだし、でかくて目立つだろう」という見当を付け、一路東へ。しかし周辺はやたらと坂が多く、歩くのが結構堪えました。方角だけ気をつけて適当にぷらぷらと民家の間を縫う裏道を歩き、30分ほどで到着。凸版印刷、やはりでかい。印刷博物館はそのビルの中にあります。
 コインロッカーに荷物が入らなかったので受付に預けて、1階の特別展示『日本とドイツの美しい本2006』とついに対峙です。ぱっと見渡せる小さな店舗くらいのスペース。2面の壁際に本を載せる台がぐるりと設置され、「第41回造本装丁コンクール展」と「ドイツの最も美しい本2006」の受賞・出品作品が手にとって鑑賞できるようになっており、各本には作者やデザイナー、製本や表紙の仕様などの詳細な情報と、その評価が書かれた解説があります。出品された本は芸術関係の本に限らず、一般書、文芸、小説、専門書、絵本などさまざまです。その本が置いてある位置の壁に、本の表紙が開いた状態で印刷されたものが貼られていて、とても見やすく、良い展示方法だと思いました。入り口に近い側から順に見て行ったので、ドイツ→日本の順で鑑賞しました。ドイツ語はまったくわかりませんが、どの本も思わず手に取らずにはいられない、興味深いものばかりでした。表紙、見開き、目次、ノンブル、しおり、フォント、色使い、挿絵、写真、レイアウト、どの本も独自の色があります。
 本における「美しさ」の中には、実用性も含まれています。どこかで読んだのですが、ブックデザインはアートではなく、インダストリアル・デザインであるという言葉は至極もっともです。なぜなら、本は、人が手にとって初めて意味を成すものであるからです。ただ美しいだけでは存在価値は低い。美しく、読みやすく、いつまでも大事に出来る本こそ、本当に美しい本なのではないでしょうか。ドイツの出品作品はまさにそういう本でした。黄色と紫を効果的に使用した表紙で見るものを惹きつけ、また、本文も写真等のレイアウトがよいため非常に読みやすい(ドイツ語が読めれば…)であろう『SEXARBEIT』という実用書が1番のお気に入りでした。でもAmazonにも画像が無くてご紹介できないのが残念です。
 ドイツの本に比べると、日本の本はまだ至らないところが多いと感じました。ヨーロッパでは製本の学校があったり、ギルドがあったりと、本をつくるという技術が社会的に独立して認められていますが、日本ではそこまでではない。良い本のつくり手はいても、まだまだ本とは作家のものと言う意識が強いのではないでしょうか。毎日くさるほど本が出版されているのにね。たくさんつくっても質が悪ければ仕方ないと思うけれど、日本はどんどんそういう方向に進んで行ってる気がします。ものに限らず、質が落ちてる。薄くなってる。話が逸れましたが、日本の本はドイツの本の横に並ぶにはまだまだということです。展覧会名も『ドイツと日本の美しい本2006』にしたらよいです。
 日本の本という非常に大雑把なくくりで少し批判してしまいましたが、わたしは本が好きです。洋書じゃなくて和書で育ってきましたし、日本語の文字も大好きです。だからもっと日本の本がすてきになるといいなという気持ちをこめて、言いました。


東京大学総合研究博物館小石川分館 http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/annex.html
印刷博物館 http://www.printing-museum.org/